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広島高等裁判所松江支部 昭和26年(う)7号 判決 1951年5月21日

控訴人 被告人 中島又奉 弁護人 原定夫

検察官 中野和夫関与

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役三月及び判示第一の罪について罰金千円に判示第二の罪について罰金二万円に判示第三の罪については罰金五千円に各処する。

但し本裁判確定の日から三年間右懲役刑の執行を猶予する。

右の罰金を完納することができないときは金二百円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

昭和二十五年六月二十六日大蔵事務官岡本貞夫差押にかゝる証第一号第三号第五号第七号乃至第十五号はいづれもこれを没収する。

原審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

弁護人原定夫主張の控訴趣意は末尾に添附した別紙控訴趣意書と題する書面記載のとおりで、これに対する当裁判所の判断は、次のとおりである。

第一点について、原判決挙示の証拠によれば、被告人は酒類密造の原料に供する目的で原判示麹の製造をしたことが明らかである。ところで、酒類の密造は酒税法の厳に禁止するところであるから、かような不法の目的に供するため麹を製造することは、たとい密造酒類を他に販売しないで自家用に供する意図であつたとしても酒税法第十六条但書にいわゆる「自己又は同居の親族の用にのみ供する目的であるとき」に該当しないものと解するを相当とする。されば、原判決が、原判示第三の無免許麹製造の所為に対し酒税法第十六条本文第六十条を適用処断したのは相当であつて、所論のような事実の誤認は認められない。次に、免許を受けないで麹を製造する行為は、それが濁酒製造のためその手段としてなされたものであつても、未だ濁酒製造の原料に供せられないでその段階に止まつている限り、独立の犯罪として処罰の対象となるものであることは、酒税法第十四条第十六条第六十条第六十二条の各規定を対照することによりおのづから明瞭であり更にまた刑法第五十四条第一項後段の「犯罪の手段たる行為」は犯罪の性質上通常他の種の犯罪の手段として用いられるかどうかを標準として定めらるべきものであるところ、原判示第三の麹の無免許製造行為はその性質上、通常、原判示第二の酒類無免許製造行為の手段として用いられるものということはできないのである。されば原判示第三の行為は原判示第二の行為に吸収せられ罪とならないか、少くとも右両者は牽連犯を構成し併合罪の関係に立たないとの所論は当らない。それ故原判決には所論のような法令の適用を誤つた違法はない。

第二点について、所論に鑑み、訴訟記録及び原裁判所において取り調べた証拠を精査検討するに、原判決の科刑には量刑不当の点が認められるので、論旨は理由があり、原判決はこの点において破棄を免れない。そこで当裁判所は刑事訴訟法第四百条但書に従い、更に本件について、次のとおり判決することゝする。原判決の認定した事実を法律に照すと、被告人の原判示所為中第一(焼酎の無免許製造)、第二(濁酒の無免許製造)の点は各酒税法第十四条第六十条第一項罰金等臨時措置法第二条に、第三(麹の無免許製造)の点は酒税法第十六条第六十二条第一項罰金等臨時措置法第二条にそれぞれ該当するので、判示第一の罪については所定刑中罰金刑を選択し、判示第二、第三の罪については酒税法第六十三条の二を適用して情状に因り懲役と罰金を併科すべきところ、以上は刑法第四十五条前段の併合罪であるから、懲役刑については同法第四十五条前段第四十七条第十条に則り重い判示第二の罪の刑に法定の加重をした刑期範囲内において被告人を懲役三月に処し罰金刑については酒税法第六十六条に則り被告人を判示第一の罪について罰金千円に判示第二の罪について罰金二万円に、判示第三の罪について罰金五千円にそれぞれ処すべく、なお情状に鑑み、刑法第二十五条を適用し本裁判確定の日から三年間右懲役刑の執行を猶予すべく、右の各罰金不完納のときは同法第十八条により金二百円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置すべく、主文第五項掲記の物件は本件犯罪により生じたもの又は本件犯罪の用に供したものであるから酒税法第六十条第四項第六十二条第二項によりいづれもこれを没収し、原審における訴訟費用は刑事訴訟法第百八十一条第一項に従い、その全部を被告人をして負担せしめる。

よつて、主文のとおり、判決する。

(裁判長裁判官 平井林 裁判官 久利馨 裁判官 藤間忠顕)

弁護人の控訴趣意

第一点原判決摘示第三の麹の無免許製造については原判決は判決に影響を及ぼすことが明らかである事実の誤認並に法令の適用に誤がある。

一、元麹の製造は自家用に供する目的であるときは免許を要せず従つて処罰せられないことは酒税法第十六条但書に明記するところであるに拘らず本件麹製造が自家用以外の目的に供するものであることは原審の確定しないところであるのみならず本件麹並原判決摘示第一第二の焼酎、濁酒の密造は被告人は「元来酒好きであるので思いついた」ものであり(記録五七丁)「自分で飲むつもりで始めて造つた」ものであつて(記録四八丁)全然販売していない(記録五七丁)から本件麹の製造も固より自家用に供する目的と認むべく他に之を自家用以外に供する目的なりと認むべき明確な証拠は存在しない故に原判決はこの点に於て事実の誤認があり、本件は無罪である。

二、仮に然らずとするも本件麹の製造は第二事実の濁酒製造の目的の為めにその手段として製造したもので即ち濁酒製造の一段階に過ぎない(被告人の公判廷供述並に記録六一丁以下参照)然らば本件麹の製造は独立の犯罪を構成せず第二の焼酎製造の罪に吸収せらるべきものである(吸収犯)から無罪である。少くとも第三第二は手段結果の関係にあること前記の通りであるから牽連犯を構成すべく之を併合罪と為した原判決はこれらの点に於て法令の適用に誤がある。

第二点原判決は刑の量定が不当である。一、本件酒類の密造は自家用に供する目的であつた。然らずとするも販売先の目的は附隨的且一部に過ぎない(前記参照)。二、本件酒類は全然販売していない(同)。三、本件密造が最初であり又今後再犯の虞もなく改悛の情顕著と認られる。それは要するに本件が被告人の無智から出た犯行と認められるからである(記録四六丁以下参照)。四、被告人には前科がない。又被告は渡日十五、六年になり現住所に定住し家族七人を有し月収僅に二千円位なる程度で極めて貧困である(記録六〇丁以下参照)。五、即ち被告人は極貧なるも正業に徹し本件以外犯罪的行為なき温良な人物故之を本件のため懲役の実刑を科し又到底負担し得ない多額の罰金を科した原判決の刑は不当である。

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